■ 実は、スゴイことなんです。 |
TOP4年 2007年度六連マネージャー 小川 大介 |
「100周年だ」って、
人は言うけれど、
ボクたちは、全てを見てきたわけじゃないし。
実際、
ワセグリの「スゴさ」ってよく分からなかったりする。
ボクたちには、「歌う」という使命がある。
その、一つの「歌う」に対して、
今までたくさんの人が、生きてきた。
多くの時間を費やし、
同じくらい多くの単位を落として。
彼女の一人も作らないで。
時には罵声を浴びながら、
時には涙を流し。
プチ鬱になったり。
それでも、
続いてきた100年間。
色んな歴史があるわけで、
偉大なことも、
どーでもいいこともあるには、ある。
特別ナニが、スゴイわけでは、ない。
変わりながらも、続いてきた、ワセグリ、100歳。
「これって、スゴイことなんじゃない?」
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■ 100周年にあたって |
BARI3年 バリトンサブパートリーダー 澁谷 光太郎 |
100という数字には大きな意味があると思う。2桁だった数字が3桁になると、なにか重みを増して響く。何に関しても100とは記念すべき数字だ。そんな、記念すべき年に自分がこの団で歌えるというのはなんて幸せなのかと感激してしまう。
しかし、100という数字を積み上げて来た人達のことを忘れてはいけない。その人達の想いを忘れてはいけない。いや、忘れられない。何故ならここにいるグリーメンはその人達の遺伝子を引き継いできているからだ。そして、今後も引き継いでゆくのだ。この100という数字の裏で脈々と流れ続けるグリーの信念は、きっと100年経った今も変わっていない。
今まで積み上げて来た人達のために。
そして、まだ見ぬ後輩達のために。
100という数字の重さに負けぬ様、ちゃんと100周年を謳いあげたいと思います。
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■ 100周年にあたって |
TOP2年 阿部 邦久 |
早稲田大学グリークラブは今年100周年を迎えるわけですが、その記念すべき年に居合わせられることに素直に喜びを感じます。当然ながら、100周年という年は今年だけなので、その貴重な一年を有意義にすごしていきたいです。特に今年の定期演奏会では、小田和正さんとの共演が実現するということで非常にいい経験が出来ると思います。
ただ正直、こんないい経験が出来る年を合唱初めてまだ1年という状態で迎えるのは非常に惜しい気もします。「自分が合唱経験者だったらなぁ」というのをつくづく感じてきた去年1年だったのですが、今年もその思いは拭いきれそうにありません。しかし、だからといって臆しているようではこの1年を無駄にしてしまいます。合唱未経験者だったというのは不利な点であるのは事実ですが、それをカバーして余りあるような熱意と努力をグリーに傾けていこうと思います。
そして、今まで新入生だった自分が、この100周年という年に後輩を持つという意味でもターニングポイントであると捉えています。今年入ってきた新入生も同じく100周年を迎えるわけです。新入生にしてみればその貴重さはなかなか分からないかもしれないので、貴重な経験が出来るということをうまく伝えられるような先輩になりたいです。
結論を言うと、今まで以上に努力が必要になり自分の意識を変えていかなければならないということに尽きるでしょう。自分がグリーの100周年という年に何をすべきなのかをしっかりとわきまえてこの1年を充実したものにしていきたいです。
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■ 百周年にあたって |
SEC2年 小泉 尚希 |
今年はワセグリ百周年!
百周年の年を迎え約半年がたとうとしていますが私自身ここまで自分自身のことで精一杯でワセグリ百周年のことを考えるということはなかったし、百周年ということにあまり実感がわいてきませんでした。
ところが先日ワセグリのシニア会の演奏会の手伝いに行った時の打ち上げで私の祖父と同じ年くらいの先輩方が元気に歌っている姿をみて、卒団して50年近くたっているのに今でも歌という絆を作っているワセグリに驚きと感動を感じ、このワセグリの百周年という年に自分がワセグリいることをとても嬉しく思いました。
これから自分にとって初めてのことが沢山あり大変になると思いますが、自分なりに頑張りたいです。今年はワセグリにとって重要な年であると同時に私にとっても大きな一年になると思います。
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■ 100周年にあたって |
BARI2年 野崎 翔也 |
自分が所属している早稲田大学グリークラブは常任の指揮者・指導者がいない集団である。それ故に、その年の学生の色・・・とりわけ、練習系のそれがモロに現れる団だと自分は思っている。例えば、東西四大学合唱演奏会におけるストームの斎太郎節。びっくりするくらい年代によって歌い方が違う。その“年によって違う色”こそ、ワセグリの最大の魅力であり強みではないかと思う。
そこで敢えて“100周年にあたり”ではなく、“100年目にあたり”何をすべきか書かせていただくと、それはもう“自分達の色を出す”しかないのではないだろうか。自分達で自由に音楽を創り、表現する。その代、そのメンバーでしか創る事の出来ない音楽を追求し続ける。それに尽きるのではないだろうか。独立した100周年の音楽ではなく、・・・98年、99年、100年、101年、102年・・・と続いていくワセグリの歴史の中での100年目の音楽。自分は、100年目にあたり、そんな音楽を創っていきたい。
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■ 100周年にあたって |
BASS2年 阿部 拓哉 |
100年前なんて歴史の教科書の世界だと思っていたが、ここに100年もの間続いている団体がある。早稲田大学グリークラブ。
まだ私はたった1年しか早稲グリでの生活を経験していないが、それでも充実した日々を送っていると感じている。大人数で「都の西北」を歌い上げ、皆で肩を組んで「紺碧の空」を熱唱する。そこから生まれる感動は私をすっかり魅了している。時代によって早稲グリの形は変化しているのかもしれないが、この感動は100年にわたって通ずるものがある(と信じている)。
また、昨年の秋にとある社会人合唱団の演奏会の手伝いに行ったのだが、そこで早稲グリのOB(かつ私が所属していた高校の合唱部のOB)の方とお話をすることができた。その方とは年齢が10歳以上離れているのだが、早稲グリの夏合宿の話題で盛り上がり、会話が弾んだ。些細なことかもしれないが、私はここから早稲グリの「歴史」みたいなものを初めて身にしみて感じた。古き良き(中には少しおかしな?)伝統が長い間受け継がれてゆく、こんなに素晴らしいことはなかなか無いのでは、と思う。
私は恵まれている。100分の1の、小さくて大きな幸せを享受している。そして願わくば、まだ見ぬ後輩たちが、200分の1、300分の1の幸せを、声高らかに歌い上げることを。
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